随想の細道

日常の感動を感ずるままに綴っています。よろしければ、ご覧ください。

人生の道しるべ

木下利玄 湯浅先生の鑑賞 その一
物かげに怖ち”し目高のにげさまにささ濁りする春の水哉

                     木下利玄

 

有名な歌です。私も少年の頃この歌を知って、好きだったからいっぺんでおぼえてしまいました。そしてこの人の歌集をひきつけられるように読んだりしました。春の小川や、田の畔などに近い水たまりのようなところで、思いがけなく小さな魚が、水をにごしてピリリと動くーー逃げるーーようなことに気づくことがよくあります。小さな魚であるだけに、そしてそれがごくわずかな水の流れの中であるだけに、かえってなつかしく心をひかれるものがあります。思ってみれば、たしかにそうなのですが、ここにかかげた歌のことなどを知らずにいますと、かんたんに「オヤ」と思っただけで見過ごしてしまうことにもなりがちです。そういう人の心の微細なアヤを、この「物かげに」の歌は、はっきりと呼びさましてくれる歌です。冬の、しずみきった、あるいは氷に結ばれて動かなかった、小川の水が、ようやく日の光に解放され、小魚の小さな動きにつれてもゆらめき、底泥(そこひじ)をかすかにあげてにごるーーーいわば水ぬるむころの水のしたしさなども、この歌を読むときに、ほんとうにそうだという同感をよびおこします。そして、そういうところにも「歌」があったのだという感じを深くさせられます。