随想の細道

日常の感動を感ずるままに綴っています。よろしければ、ご覧ください。

人生の道しるべ

木下利玄 湯浅先生の鑑賞 その三
見透しの田舎料理屋昼しづか桃咲く庭に番傘を干す

                  木下利玄

 

近頃はこのような田舎風景の見られることも少なくなったようですが、これはある往還筋に向いている田園の中の一軒の料理屋の様子にちがいありません。天気の好い日だったのです。青空からは、春の陽光が暖かく注いでいます。田舎料理屋を往還筋から見ますと、ずっと奥まで見透せるのでしょう。座敷の向こうにある裏庭まで見えます。私には、向かって右側に座敷があって、その左側に入口から奥まで通りぬけになっている土間があり、その先に明るく春の日が照っている裏庭があるというように想像されます。その裏庭には、折柄、桃の花が満開なのです。桃は割合に大きく枝を張っていて、盛りあがるようにゆたかに花咲いているのです。そのピンクの色があたりにそのはなやかな色を反射させているのが感じられるほどの好い日和なのです。その日に映ゆる桃の花の下べに番傘が干してあるのですが、その油紙が日光をはじいて、明るく乾いています。田舎料理屋の昼のこととて、あたりには人一人見えません。料理屋の主人さえも、若しかしたら、裏畑の畠仕事に出ていて留守になっていたかもしれません。あたりは、あたかも、とろけるような春昼の静けさにひそまりかえっているのです。桃の花の明るさと、番傘の日光をはじく色と、あたりの静けさとが、田舎料理屋という鄙びた感じと渾然となっているさまを、特殊の鮮明な印象としてまとめあげてある歌いぶりにはほとほと感心させられるものがあります。